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  • 執筆者の写真岩波新書編集部

王銘琬さん『棋士とAI――アルファ碁から始まった未来』

更新日:2018年1月21日

13歳まで台湾でごく普通の台湾人として生活していた王さん。囲碁の勉強のために 14 歳で日本にわたって、日本の暮らしは40年以上になります。


7冠の井山裕太さんとは、彼がプロ入りする前、小学校のころから交流があったそうです。そのご縁から、今回の新書の帯での推薦をもらうことにもなりました。


王さん自身、2000‒01年本因坊、2002年王座とタイトルも獲得した、現役バリバリの日本棋院9段のトップ棋士です。確率の要素を対戦に取り入れる独特の打ち方とその人柄から人気がある王さんは、コンピュータ囲碁には2007年より興味を持つ。2014年囲碁ソフト「GoTrend」のチームに参加し、囲碁AIの開発にも詳しい稀有の囲碁棋士です。




――昨年は12月の校正・校了作業の時まで、「アルファ碁」の進展のニュースに泣かされましたね(笑)。とても良いタイミングでの出版でした。


神経衰弱になりそうでした(笑)。最後の「アルファゼロ」でもってアルファ碁プロジェクトは、ほぼめざしたところに到達したと思います。おかげさまでアルファ碁の全体像がよりはっきり描けるようになりましたので、とても幸運でした。


それにしてもなんという二年間だったでしょうか。なにも疑いを持つことなく、自分がコンピュータに「囲碁を教えてやる」と思っていたところから、人間に挑戦状をたたきつけ、勝負に勝ったコンピュータの方が上になってしまいました。そこで終わることなく、向こうはさらに上達し、人間である自分はデータを見ないことには、その打った手のよささえ分からないところまで、囲碁AIは遠くに行ってしまいました。いまでも朝、目がさめる時、すべてが夢だったのではないか、そのような感覚にとらわれます。囲碁の棋士にとって、短い時間の中に起きた変化はあまりにすさまじいものでした。


少し振り返ると、2016年3月、ディープラーニングという技術で、新しい次元に到達したAIは、囲碁のトッププレーヤー韓国のイ・セドルを五番勝負で4対1と破りました。人類の敗北として、世界中の注目を集めました。世界はAIの能力が人間を超えたことに気がつき、AIに対する関心が一気に高まりました。コンピュータが囲碁で人間に勝つことが、これほど世界を揺るがす事件になるとはびっくりです。


またアルファ碁のシステムは分野を超えた「汎用性」を持つことが強調され、その可能性に多くの期待が寄せられました。囲碁が人間の知恵の象徴として評価され、あらゆる分野との共通性が認められたことに、棋士として誇らしさを感じる部分もありました。


2017年5月には、アルファ碁は「マスター」のバージョンで、世界ランキング一位、中国の柯潔に三勝無敗で圧勝、あぶなげのない内容で人間を大きく上回る力も示しました。そして、2017年10月、最新バージョンの「アルファ碁ゼロ」は「教師なし学習」で、「マスター」に100戦して89勝の成績を収めた、と発表されたのです。


それまでのアルファ碁は、まず人間の棋譜を「手本」として学習して、それによって得られた認識を強化していき、人間に勝てるまでになっています。「ゼロ」は人間の棋譜を利用することなく、自らの強化システムだけで、それまでのバージョンよりはっきり上回る対戦結果を出したのです。


そしてその2カ月後の12月には、さらに「アルファゼロ」が発表されました。これは「アルファ碁ゼロ」のアルゴリズムをほかのゲームにもつかえるようにしたものです。


アルファ碁が活動したこの2年足らずは、棋士にとって悲喜こもごもな毎日となりました。私は囲碁ソフトとも関わる棋士として、特別なポジションでアルファ碁を観察することになりました。AIの大波が人間社会に打ちつけ、浸透し始めています。波をかぶり、振り回されながらも、身を持ってたくさんのことを感じ取ることができました。


この本は碁を打たない方のために向けて、どなたにも楽しく読めるように作りました。アルファ碁についての理解を深めると同時に、囲碁に興味を持つようになっていただけたら、こんなに嬉しいことはありません。


――井山裕太さんに帯の推薦文をもらいました。この本に登場する柯潔さんと井山さんとが戦った、11月15日の日本棋院での世界棋戦「第22回LG杯棋王戦」準決勝では、大盤解説もされました。今か今かとの投了場面では「あ、いま水飲んだ!」と言って会場を沸かしていましたね。


井山さんのことは若いころから知っていて、気軽に声をかけましたが、国民栄誉賞が決まった後だったら、すこし言いにくくなりますので、ほんとによかったと思います(笑)。7冠からわかるように、彼は強さで今、群を抜いています。囲碁は強さが大事ですが、面白いと思わなければ打つこともありません。


私たちは「碁を打つ」と一言で言っていますが、その言葉は「碁」と「打つ」の二つの面を表しているものと思います。「碁の神」を一気に有名にしたのが漫画『ヒカルの碁』、そのなかに「神の一手」のフレーズが頻繁に登場します。この本で詳しく紹介しましたが、柯潔は「碁」の観点に立って、アルファ碁に負けた時、その強さに神様を見たのです。世界は「打つ」目線からイ・セドルの渾身の一手に神様を感じた、そのように考えることができるのではないでしょうか。「碁」は囲碁自身をベースとする技術本位主義、「打つ」は手を使うので人間目線の楽しさ本位主義、そのように整理することもできるでしょう。


トップの井山さんが強さを追求することで、その碁を鑑賞する方に多くの楽しさを与えることになるでしょう。私のほうはこの本を執筆したように碁を打たない方にも、アルファ碁、そして囲碁の面白さをもっと伝えていきたい。もちろん強さの追求も続けながらですが。

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